チャコリへの道(後編)

ちょっといい話

チャコリUNO ウノ

■スティル・タイプのチャコリを飲む

のっけからチャコリ(バスク語:txakoli)のお出ましである。ただしここは日本。

ピミエント・デ・ゲルニカ。味付けは粗塩のみ
ピミエント・デ・ゲルニカ。味付けは粗塩のみ

パドロン(pimentos de padron)とかゲルニカ産というわけにはいかないので、近所の農家の直売所で買ったシシトウを素揚げにしてみた。
形はピミエントス(pimentos)というよりギンディージャ(guindilla)に近いし、オリーブオイルをケチったので、素揚げと言うより「炒め」に近いが、まぁいいや。さてさてとばかりに揉み手をして、ボトルのコルク栓を抜く。
注ぐと淡く黄金色の液体がグラスの中で踊り、煌めく。数日前まで下手な料理に多用したシークァーサーを思い起こす爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。ほどよい冷えと清涼感をもたらす酸味が心地よく、秋の宵には至福の一杯目となった。テーブルに少しバスクの空気が流れた・・・気がした。
スペイン・バスク産のワイン、チャコリはポルトガル北部のヴィーニョ・ヴェルデ(vino verde)同様に微発泡性でアルコール度も低め、輸送の問題や生産量の少なさもあって、日本で飲める機会の少ないワインだった。だが今、私の目の前にあるのは紛れもないアラバのチャコリなのだ。

■バスクとは「7つは一つ!」

ゲタリアの港

ところで、アラバと聞いて、ん?という方がいるかも知れない。狭義でのバスクはサン・セバスティアン(バスク語でドノステア)を中心としたギプスコア(Guipuzcoa)、ビルバオ(同ビルボ)を中心としたビスカイア(Bizkaia)、ビトリア(同ガスティス)が中心となるアラバ(Alava)の3県からなるスペインのバスク自治州を指すのだが、バスクには” Zazpiak Bat(7つは一つ)”という言葉があり、バスク自治州の3県とパンプローナ(同イルーニャ)が中心のナバーラ(Navarra)県、それにピレネー山脈を隔てたフランスのラプルディ(フランス語: Labourd)、スベロア(フランス語:Soule)、バス・ナバール(フランス語: Basse-Navarre)の3地域を含む7つの地域が一つのバスクであるという意味だ。バスク人にとって両国の国境はない。

バスク州の州都はアラバ県のビトリア(Vitoria)に置かれ、エブロ川に接するアラバの南部は、スペインを代表するワイン産地リオハの一画を成す「リオハ・アラベサ(Rioja Alavesa)」である。
サン・セバスティアンから西へ25km程だろうか、小さな半島に抱かれたような小さな港町ゲタリア(Getaria)は魚介の炭火焼きで知られる町だが、古くはフィリピンで死んだマゼランの跡をついで世界一周を成し遂げた航海士フアン・セバスティアン・エルカノ(Juan Sebastian Elcano)の故郷で、町の入口と港を望む高台に彼の銅像が立っている。またファッション・ブランドのバレンシアガ(Balenciaga)を設立したクリストバル・バレンシアガの故郷でもあり、町の背後の丘にはその博物館(Cristobal Balenciaga museoa)がある。そして、その背後に広がるぶどう畑は海辺の近くまで迫り、畑の中を「サンティアゴ巡礼の道」が延びている。

■小規模だが優れたアラバのチャコリ

海辺まで迫っているゲタリアのブドウ畑

バスクには3つのチャコリDOがあり、最も早い1989年に原産地呼称制度の認定を受けたのが前述のゲタリア地域であり、バルでエスカンシアしてサーブされるチャコリの多くがここから生まれている。この一帯がチャコリのDO(原産地呼称)認定の産地ゲタリアコ・チャコリーナ(バスク語:Getariako Txakolina)で、爽やかな微発泡で一般的に知られる伝統的なタイプのチャコリを多く産出している。
次いで1994 年にDO認定されたのがビスカイコ・チャコリーナ(バスク語:Bizkaiko Txakolina)、ビルバオとその周辺を含み、生産者数が最も多く沿岸部から内陸部にも畑が広がっていて、厚みのある味わいとコクを感じさせ、エスカンシアをしないで飲むタイプのチャコリが多い。

アヤラ渓谷の県境。左がビスカイア県で右側がアラバ県になる

そして最も新しく、2020年にDO認定されたのがアラバ県に位置するアラバコ・チャコリーナ(バスク語:Arabako Txakolina)で、当時はボデガも僅か8軒、海と内陸双方の気候の影響を受ける環境にあり、農家もボデガも環境に配慮したオーガニック栽培を指向していると言われ、生産量は少ないが厚みのある力強いタイプのチャコリが作られているという。ビルバオを経てカンタブリア海に注ぐネルビオン川の上流アヤラ渓谷の標高300~400mに位置し、ビスカイコ・チャコリーナに接していたことから、かつてはその一部とみなされていたのだが、DO認定後の成長は目覚ましかったようで、エスカンシアをせずに飲むタイプのチャコリを主に産出している。

■バスクの「家ワイン」チャコリ

アヤラ渓谷のブドウ畑
アヤラ渓谷のブドウ畑

ところで、何気なく「チャコリ」を連発してきたが、そも、チャコリって何なのか?聞きっ噛じりのウンチクだが、バスク地方固有のぶどう品種オンダリビ・スリ(Hondarrabi zuri 白用で80%を占める)とオンダリビ・ベルツァ(Hondarrabi beltza 赤用の黒ブドウ)からつくられるワインを呼ぶ。少量ながら2つをブレンドしたロゼも作られている。他にムネ・マハツァ、イスキリオタ、イスキリオタ・ティッピア、ソーヴィニヨン・ブラン、リースリング、シャルドネが認定品種とされている。
チャコリの語源は「etxeko ain」と言う説があり、バスク語の「etxeko=家の」と「ain=それくらいの」の意で「家で飲むのにちょうどいい」というニュアンスらしい。つまり売るためではなく家で飲むためのワインということで、地産地消の「地ワイン」ならぬ「家ワイン」だったのだ。
自家消費ワインのためのブドウ栽培が始まったのは12世紀ころと言われ、やがて保護されるようになったもののフィロキセラ禍に加え外国や他の地域勢のワイン攻勢によって生産が激減したと言われ、19世紀末になって急速に復活が始まったようだ。

グラスで煌めくチャコリ

前述のように、伝統的なチャコリは微発泡のワインで、アルコール度は約9~11%と低く、酸味がありフレッシュで軽やかなボディが特徴だった。しかし近年では発泡させない醸造法で、比較的しっかりとしたボディのチャコリを生産するボデガも増え、樽熟成も見られる。それらは平たいチャコリグラスでエスカンシアして飲むのではなく、白ワイングラスで飲むことが薦められている。ぶどう栽培、醸造技術に加え、輸送技術の進歩が、遠い日本の我が家でもチャコリを味わえるようになったと言うことだ。
そして今、私の目の前にあるのがアラバコのチャコリ「UNO」なのだ。

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菅原 千代志(すがわら・ちよし)

菅原 千代志(すがわら・ちよし)

1980年代からスペイン各地を取材、早くからガイドブック制作にも携わる。サン・フェルミン祭(牛追い祭り)も度々取材し、2020年には、毎年一人だけ選ばれる「外国人賞 Guiri del Ano 2020」を日本人で初めて受賞する。 『スペインは味な国』(共著、新潮社とんぼの本)、『スペイン 美・食の旅 バスク&ナバーラ』(共著、コロナ・ブックス )をはじめ著書も多数。近著に『アーミッシュへの旅』(ピラールプレス)がある。

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