チャコリへの道(前編)

ちょっといい話

りんご酒作りから生まれた打楽器

 チャラパルタ(バスク語:Txalaparta)という楽器をご存知でしょうか?並べた数枚の板を棒でトントン叩くという何ともシンプルな楽器ですが、木琴と異なり先端に球のついた木の棒ではなく擂粉木(すりこぎ)のような棒で打つ、それも二人で演奏するスペイン・バスクの伝統打楽器です。演奏者が激減したとも伝えられていましたが、近年は挑戦するミュージシャンも増え祭事などで演奏される機会も増えているようです。「オレカTX(バスク語:Oreka TX)」という人気の二人組は世界の様々な民族音楽と共演するなど国際的な評価も高く、3度ほど来日しています。とはいえ、まだまだ広く知られているとはいえないようです。

 チャラパルタは、りんご酒造りの共同作業が終わって宴の始まる合図として板を叩いたのが起源とされ、これによって周辺から人々が三々五々集まったと伝えられます。山あいという条件もあってのことでしょうが、音は周囲5kmまで届いたといいます。本来は伝達手段であったようですが、これを楽器に昇華させる発想には、音楽も力比べを競うスポーツも、日々の生活から生み出すというバスクらしさを感じさせます。

高い所から注ぐエスカンシア

 りんご酒(シドラあるいはシードル、バスク語ではシャガルド)は、フランス北部からスペイン北部のバスク(Basque)地方、アストゥリア(Astoria)州などで広く飲まれていて、シャガルドテギ(バスク語:sagardotegi)と呼ばれるバスクのりんご酒醸造所では、1月の解禁日以後には大きな樽からほとばしり出るりんご酒を飲むことができる。広口で寸胴(ずんどう)のグラスに受け、サッと飲むのがポイントで、微発泡のりんご酒の発泡感、そして空気と混じり合うことで柔らかい味わいを引き出すための飲み方です。

チャコリ txakoli

 バルなどでは瓶詰めのりんご酒を高いところからグラスに注ぐエスカンシア(escanciar)と呼ばれる方法でサービスされます。バスクのピンチョスとともにバルを楽しむパフォーマンスとしてもすっかり定着しています。しかし、エスカンシアで味わう飲み物はりんご酒に限りません。バスクのワイン、チャコリ(バスク語:Txakoli)もエスカンシアで提供されることが多いのです。内陸部でつくられるりんご酒に比べ、爽やかな呑口が特徴のチャコリは魚介料理やピンチョスによく合うと言われ、サン・セバスティアンのバルなどでは必須の飲み物と言えます。

サン・セバスティアンでチャコリ

 今、バスクのバルで圧倒的な人気を集めるピンチョスは、バルのおつまみであるタパスが進化したもので、歴史はそれほど古いものではありませんが、バスクのレストランの料理の進化と連動してきたことは間違いないでしょう。

ピンチョス Pinchos

 今では「美食の地」として知られるバスク、その震源地となったのがサン・セバスティアン(San Sebastián)で、古くから高級リゾート地として知られていました。もともとバスクの伝統料理は高い評価を得ていたのですが、それに安住していてはサン・セバスティアンを訪れるリゾート客の嗜好に添えなくなるという危惧から、フアン・マリ・アルサック(Juan Mari Arzak)を中心に若いシェフたちは研究したお互いのレシピを公開し合うことで全体のレベルアップを目指したのです。バスク特有の「美食クラブ」と呼ばれる愛好家たちの存在も後押しをしました。

ピンチョスに進化したタパス

フアン・マリのレストラン アルサック(Arzak)は1970年代から既にヨーロッパで10指に数えられるレストランとして知られていました。

現在はヨーロッパの女性シェフNo.1にも選ばれた娘のエレナに厨房を任せていますが、パートナーとして一緒に厨房に立ち、後進の指導にも熱心です。このアルサックにインスパイアされたフェラン・アドリア(Ferran Adrià)は、世界で最も予約が難しいレストランと言われるエル・ブジ(El Bulli)を築くことになります。

一方、彼の起こした料理革命はバスクのレストランやバルにフィードバックされ、次々に新しい料理が生まれ、バルのタパス(tapas)はピンチョス(pinchos)へと進化することになりました。ピンチョ(pincho, pintxo)とは「串」のことで、料理を串でパンに留めたことに由来します。しかし、今では串にとらわれず様々なピンチョスが登場、既にレストランの料理との境がどんどんなくなっています。ファン・マリは「ピンチョスの進化はまだまだ留まることはないだろう」と言います。他方、ゲルニカ(Guernica)名産のピミエントス(pimientosシシトウ)を素揚げしただけのシンプルなものやオリーブ(oliva)とアンチョビ(anchoas)、酢漬けのトウガラシを串刺しにしたピンチョスの原型と言えるヒルダ(gilda)など、伝統的な料理も根強い人気があります。

サン・セバスティアンのバル ピンチョス

こうした流れの中で、当然のように土着のワインも進化を遂げることになります。前述のチャコリです。

(つづく)

菅原 千代志(すがわら・ちよし)

菅原 千代志(すがわら・ちよし)

1980年代からスペイン各地を取材、早くからガイドブック制作にも携わる。サン・フェルミン祭(牛追い祭り)も度々取材し、2020年には、毎年一人だけ選ばれる「外国人賞 Guiri del Ano 2020」を日本人で初めて受賞する。 『スペインは味な国』(共著、新潮社とんぼの本)、『スペイン 美・食の旅 バスク&ナバーラ』(共著、コロナ・ブックス )をはじめ著書も多数。近著に『アーミッシュへの旅』(ピラールプレス)がある。

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