イビサのワインはどんな色?

ちょっといい話

ヒッピーの島、クラブカルチャーの聖地

ヒッピー文化の名残を感じさせるサインボード「いったいイビサにどんなワインがあるというのか?」
イビサ取材に行かないかと誘われたとき、僕の頭に咄嗟に浮かんだのはそんな疑問だった。1970年代から80年代にかけて青春期を過ごした者にとって「イビサ」が意味するのは「ヒッピーの島」だ。もう少し若い世代にとっては「クラブカルチャーの聖地」であるかもしれない。いずれにしてもイビサはツーリストのための島だ。ブドウが栽培され、ワインが醸されているなんて想像もできなかった。しかし──
実際に訪ねてみると、イビサにはブドウ畑を伴った4つのボデガ(ワイナリー)があり、島ならではのユニークなワイン文化が形成されていた。今から約2700年前、フェニキア人が港を建設したことによってイビサの歴史は始まる。ギリシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国‥‥様々な文明がこの島を支配する中で、ブドウとワイン造りも早いうちにもたらされた。
イビサのブドウ畑しかし、長らくこの島のワインは自家消費用か、バルクワイン用の二級品で、日の目を見ることはなかった。いわゆるクオリティ・ワインの生産が始まったのは1990年代のことだ。現在ある4つのボデガも全てそれ以降に立ち上がっている。
イビサのワインを語るときに忘れてはならないのが、在来品種の古木の存在である。イビサで主に栽培されているブドウは黒ブドウのモナストレルと白ブドウのマルヴァジア・グレク。いずれも大陸側に同名のブドウがあるが、イビサのブドウは長い年月をかけて変異しており、独自のキャラクターを持つものになっているという。

さて、肝心のイビサワインの実力やいかに?

熟成向けのロゼも。DSC03089〈ボデガ・イビスクス〉のフラッグシップで生産量の65%を占める「イビスクス・ロゼ2018」は、深みのある花の香りに、チャーミングな赤い果実と柔らかなハーブの香りが交じる。10%ほど樽熟成したものをブレンドしたことでコクが出て、それが程よい飲み応えとなっていた。特筆すべきはパッケージである。透明ガラスに優美な透し彫り、コルクではなくガラス製の栓、いずれもイビサの高級レストランやパーティシーンに置かれて“映える”ことが想定された演出である。ところで実は、僕がこの時の試飲で最も感銘を受けたのは、ロゼではなく赤だった。
モナストレル100%の「イビスクス・ティント2017」は、海辺に近い砂地土壌の6つの異なる畑で栽培された、樹齢60〜90年の古木のブドウを別々に醸造し、ブレンドしたもの。“チルアウト”な時間を過ごすツーリストスモーキーなトーンの奥から感傷的な気分を催すような、熟れた赤い果実の香りが立ち上がり、紫蘇を思わせるハーブ香、黒糖のニュアンス、モカの風味が次々とグラスに満ちて、モナストレルに対する既成概念を覆すような素晴らしいワインだった。このワインの印象に引っぱられて、僕のイビサの記憶は、海の青でも太陽の白金色でもなく、ましてや早朝の港を包む朝靄のロゼ色でもなく、秘密の罪を隠すような、深いルビーレッドを呈している。

アバター

浮田 泰幸(うきた・やすゆき)

ライター/ワインジャーナリスト/絵描き。広く内外を取材し、多様なメディアに寄稿する。ワインジャーナリストとしてこれまでに訪問したワイナリーは600軒を超える。スペインとの縁は80年代半ば、ガイドブック制作のために1カ月間滞在したことに始まり、以降も毎年のように訪問し、ほぼ全土を踏破。コロナ禍が収束したら未踏のカナリア諸島を取材することが現在の夢。

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