「史上最悪の修復画」と洞窟ボデガ(前編)

ちょっといい話

9年前のことだ。スペインの片田舎に暮らす一人の老女が瞬く間に世界中で話題になるということが起きた。老女の名前はセシリア・ヒメネスさん。家の近くの教会でキリストを描いた古い絵に筆を加え「お猿のようにしてしまった」と言われた、あの女性だと言えば思い出す人もいるだろう。
当時僕は、この人とこの事件のことがすごく気になっていた。たまたま仕事でスペインに行くことがあったので、滞在を延ばして彼女を訪ねてみることにしたのだった──。

キリスト画を修復した世界で一番有名な女性

ボルハの町の旧市街の周囲に巡らされた城塞に同化するようにして立つ彼女の住まいは、ごく最近手を入れたらしく、木製のドアは真新しく、廊下の白壁は塗りたてのように真っ白だった。玄関先で僕を出迎えてくれたセシリアさんは、〈本当は笑みを浮かべたいのだけれど表情筋がそれを許してくれない〉といったふうな、ちょっと複雑な面持ちだった。
僕が通された居間には銀器やグラスのコレクションが飾られていて、セシリアさんがある程度は裕福な家の人であることが察せられた。ソファの背後の壁には、一面に絵の入った額が飾られ、中央を占める人物画以外の7点はすべて柔らかなタッチによる明るい色彩の風景画で、そのどれもがセシリアさん自身の作品だった。
どこにでもいそうな81歳(取材当時)の小柄な老女が、あれよという間に「世界で最も有名なスペイン人」になったのは、2012年8月のことだった。地元の小さな教会の壁に100年以上前に描かれたキリストの肖像〈エッケ・ホモ〉の修復を彼女が手がけ、オリジナルの絵とは似ても似つかぬものにしてしまったのだ。折悪く、国の文化財調査員が教会を訪れ、修復途中の絵を目にしたことから、スキャンダルとなった。メディアが「史上最悪の修復画」と騒ぎ立てると、ソーシャルメディアなどを通じて、その絵とセシリアさんの存在が一気に世界に知られるところとなった。ボルハの町長の話によれば、170を超える国々のメディアから取材の申し込みがあったとのことだ。「お猿のよう」と形容された修復中のキリスト像はブラック・ジョーク好きの人々にもてはやされ、ポップアートのイコンとして、あるいは“ゆるキャラ”として世界に拡散していった。人口約5000人のボルハの町には、週末ともなると1000人もの見物客が訪れるようになった。心ないものを含む無数の取材攻勢に疲れ果てたセシリアさんは一時体調を崩し、げっそりとやせ細ってしまったという。

4つの教会が町を見下ろすボルジア家発祥の地ボルハ

ボルハはスペイン東部、アラゴン州サラゴサ県にある行政区(日本の「町」もしくは「村」に当たる)だ。ローマ教皇カリストゥス3世、アレクサンデル6世を出したボルジア家は、このボルハを発祥の地とする(ボルジアはボルハのイタリア語読み)。首都マドリードからは北東へ約300㎞、車で行くと片道3時間半くらいのドライブだ。ローマ時代の城塞跡を取り囲むように旧市街が広がる狭い市街地に教会が4つもあることが、この町とキリスト教との強い結びつきを物語っている。周辺には新興住宅が点在する。市街地を離れると、ブドウ畑、オリーヴの林が連なり、その先は無辺の荒野だ。ワインの原産地呼称で言うとボルハは「DOカンポ・デ・ボルハ」の中心都市である。古木のガルナッチャのブドウによる赤ワインには国際的に評価を受ける佳作もある。
セシリアさんが修復しようとしたキリストの絵は、実はこのボルハの町中にはない。町の北西約6kmの丘の中腹にサントゥアリオ・ミセリコルディアという施設がある。日本には同様のものがないので説明するのが難しいが、キリスト教系基金が運営する宿泊施設で、近在の人々が夏場や週末の滞在先として利用してきたものだ。“サントゥアリオ”とは聖地・聖域という意味。その施設の一角が小さな教会になっており、くだんの〈エッケ・ホモ〉は主祭壇に向かって右側、2つの聖像に挟まれた漆喰の壁にある。

「この絵を見よ」ボルハ郊外の教会で飾られたエッケ・ホモ

実物を見て僕が最初に思ったのは、その絵が予想していたよりも小さいなということと、色合いが報道で見てきたものよりもずっと暗く、沈んだ感じだなということだった。絵は、それ以上のあらゆる介入を拒否するかのようにアクリル板でカバーされ、特別扱いされていることも相まって、教会の中で明らかに浮いていた。その様をたとえるなら、礼装した人々の中に一人だけパジャマ姿の人が混じったといったところか。
ここで絵のテーマとなった〈エッケ・ホモ〉について簡単に説明しておこう。〈エッケ・ホモ〉は新約聖書『ヨハネによる福音書』に出てくるラテン語のフレーズで、「この人を見よ」と訳されている。いばらの冠を頭に嵌められ半死半生のキリストを前に、ローマ人総督のピラトが民衆に向かってこの言葉を吐く。〈エッケ・ホモ〉は多くの画家が題材にしている。セシリアさんが修復しようとした原画は1910年にエリアス・ガルシア・マルティネスという画家が描いたものだが、実はこれは17世紀にイタリアのグイド・レニという画家が描いた絵とそっくりで、模写だとされている。ということは、オリジナリティという意味では、セシリアさんのほうが元の絵の作者マルティネスよりも上だったかもしれないということか‥‥。
Special thanks to Miwa Nakamura
(「後編」へつづく)

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浮田 泰幸(うきた・やすゆき)

ライター/ワインジャーナリスト/絵描き。広く内外を取材し、多様なメディアに寄稿する。ワインジャーナリストとしてこれまでに訪問したワイナリーは600軒を超える。スペインとの縁は80年代半ば、ガイドブック制作のために1カ月間滞在したことに始まり、以降も毎年のように訪問し、ほぼ全土を踏破。コロナ禍が収束したら未踏のカナリア諸島を取材することが現在の夢。

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